「3・11」2周年の福島から東日本キャラバンのスタート!
(報告 高野)
「福島に立つ」ことから
東日本大震災と福島原発事故の2周年にあたる3月11日、全国各地で集会やアクションがありました。私たち沖縄意見広告運動の東日本キャラバン隊は、福島で開催される「3.11反原発福島行動」に合流して東日本キャラバンの第1波行動をしました。
これは、福島集会を主催した実行委代表の「原発いらない福島のおんな」の椎名千恵子さんの「福島と沖縄を結合させたい」との思いと受け入れによって実現したものです。わたしたちも、7日の国会内の記者会見で、「東日本ルートへのキャラバンは、3・11大震災・福島震災に今も苦しむ被災地の方々の心に寄り添うように、行うことが大切だと思っている」と生田あい本部事務局責任者が述べたように、2周年の「福島に立つ」ことの格別な意味を自覚して、第1波を考えたものです。
キャラバン隊も壇上から挨拶
会場の福島教育会館には全国からの参加者が続々と集まり1000名を超える参加者となりました。私達は受付の隣に机を出させてもらい、意見広告賛同人への参加を呼びかける振込用紙付きのチラシと発行されたばかりの「意見広告ニュース」を参加者に配布し、また沖縄の有志で発行されている『ピクニック』というパンフレットを販売しました。
集会の最初に椎名千恵子さんが主催者あいさつを行い、「8・6広島、8・9長崎、5・15沖縄、そしてここに3・11福島を外してはならない」「福島では今も放射能が降っている」と訴えました。
沖縄意見広告運動もあいさつをさせてもらい、キャラバン隊の加藤が、「オスプレイ反対全国キャラバン」の報告と協力の要請を壇上から訴えました。本日ここ福島を出発点として私達は東日本ルートキャラバンを始めること、また西日本ではすでにキャラバンが開始されているが、四国においてオスプレイの低空飛行訓練が強行されたこと、また沖縄は政治的・経済的圧力によって基地を押しつける「構造的差別」の中に置かれているが、それは原発を押しつけられている福島にも共通することであり、共に手をたずさえて、運動を続けていきたい、と述べました。
キャラバン隊のノボリ旗を掲げて共にデモ
そのあと、連帯のメッセージ、あいさつがあり、そのあとデモ行進に移りました。行進の先頭には椎名さん始め有志の「かんしょ踊り」があり、続いて賑やかなドラムのリズムにのって元気に行進しました。キャラバン隊もノボリ旗を掲げ、デモを共にしました。
「原発いらない!」「福島返せ!」「子どもを守ろう!」「再稼働反対!」参加者はシュプレヒコールを繰り返しながら、県庁前を通り、福島駅で解散しました。その後、キャラバン隊は、主催者のご好意で、全国から参加された方々との交流会にも招かれて参加し、今後の各地での受け入れや取り組みのことなど交流しました。
【この日行った沖縄意見広告からのあいさつ】
3月11日の福島のこの大事な節目のときに、この場で沖縄のことを話せることに感謝します。私はオスプレイ反対全国キャラバンを行っている沖縄意見広告運動事務局の加藤宣子と申します。
私たち沖縄意見広告運動は、チラシにもあるとおり、毎年5月15日ごろに沖縄タイムスと琉球新報と全国紙に「普天間即時閉鎖」「辺野古やめろ」「海兵隊いらない」という内容の全面意見広告を載せるという活動をしています。
沖縄と福島の問題の根っこは同じところにあると思います。皆さんもご存知だとも思いますが、沖縄では昨年10月にオスプレイが配備され、 四国では3月6日に低空飛行訓練が行われました。オスプレイの配備前から「構造的差別」という言葉がよく使われるようになりましたが、これは政治的・経済的に沖縄には米軍基地が押し付け続けられているという事で、福島に東京のための原発が押し付けられている事と共通です。
西日本ではすでにキャラバンが始まっていますが、東日本はここ福島からオスプレイ反対キャラバンがスタートします。ご支援お願いします。
沖縄の闘いも、福島の闘いも長い闘いとなると思いますが、あきらめずに頑張っていきたいと思います。以上、連帯の挨拶とさせていただきます。
